COEDO BREWERY のアーツ&サイエンス

AI やデジタルテクノロジーの目まぐるしい進展が、未来の私たちの仕事や暮らしを大きく変えていく予感に満ちている昨今。とてもわくわくする一方で、人が手で何かを作ること、手間ひまをかけること、ゆっくり暮らしを紡ぐことにもあらためて価値を感じるようにもなりました。今だからこそ人の手が生み出す美しいもの、愛おしいもの、美味しいもの、素晴らしいこと、次世代に残したいこと、をどんな人がどのような想いで作っているのかを聞いてみたい。インタビューシリーズ「ものづくりのカタチ」では、ものづくりが生み出すあたらしい喜びの形を、さまざまな方にお聞きしていきます。今回、第一回目でお話しを聞いたのは、COEDO BREWERY の朝霧重治さんです。

写真:COEDO BREWERY提供

COEDO BREWERY / クラフトビールメーカー
70年代より国産有機野菜の専門商社としてスタートした協同商事を母体とし、現在は世界28カ国に流通し、国際的なビールコンテストで多くの受賞歴をもつ「COEDO(コエド)ビール」。職人が手がけた個性豊かな味わいを楽しむ「クラフトビール」 の先駆けとして、大企業も続々と参入する新たな市場の創出に貢献。近年では、海外のブルワリーや食品メーカー、工芸職人など、異業種を巻き込んだコラボレーションで独自の価値創出に挑戦している。

朝霧重治 / 株式会社協同商事 代表取締役
埼玉県川越市生まれ。埼玉県立川越高等学校・一橋大学卒。
三菱重工業を経て、岳父が創業した有機農産物の専門商社である株式会社協同商事を事業承継、地ビール事業をリブランディングし、Beer Beautiful をコンセプトとする日本のクラフトビールブランド「COEDO」を設立。川越産のサツマイモから製造した「紅赤-Beniaka-」を筆頭に、日本の職人達による細やかなものづくりと『ビールを自由に選ぶ』というビール本来の豊かな味わいの魅力をクラフトビール「COEDO」を通じて、武蔵野の農業の魅力とともに発信している。品質やブランドデザインに世界的な評価を受け、アメリカ、オーストラリア、中国、シンガポール、フランス、イギリス等28か国に輸出されており、Glocal な視点での活動も進めている。近年は、ビール麦の有機栽培、グッドデザイン賞を受賞した小売ブランドである有機農産物専門の八百屋「ORGANIC&CO.」の立ち上げなど、祖業である有機農業を広めていく活動にも注力している。
埼玉県物産観光協会会⾧をはじめ地域活動にも従事。

 

大麦と水とホップと酵母の話し

埼玉県東松山市にある広大な土地。そこに建つ、まるでイギリスの美しい片田舎にあるような雰囲気の建築。ここは元々、昭和50年代に企業の研修施設として建てられたもので、建物の特徴を活かしつつ改修に着手し、2016年に COEDO クラフトビール醸造所が誕生しました。いわゆる一般的な工場ではない雰囲気に、ここでどのようなビール造りが行われているのかとても興味が湧いてきます。

そもそもビールはほぼ毎日飲む、飲みたいのに、ビールがどのように造られるのかを知らない方も多いのではないでしょうか。そこで COEDO のビール造りの工程を、朝霧さんに順を追って説明していただきました。原材料となる大麦、豊かな水、多彩なホップ、微生物である酵母、なんとなく聞いたことはあったけれど、なるほどそういうことだったのかというお話しです。

大麦についてー
「ビールはヨーロッパの北の方で生まれました。ヨーロッパと言えばワインというイメージがありますが、要するにワインを作るための葡萄が育たない地域のアルコールです。そして、ヨーロッパは大穀倉地帯なので麦を使ってアルコールを作ろうとなり、小麦は粘性があるので捏ねてパンになったり、パスタになる。一方、粘性のない大麦がアルコールの原料となりました。大麦は発芽して麦芽になることで糖化が可能になり、酵母により分解されアルコールになります。ちなみに、国内のビールメーカーは原料の麦芽をほぼ輸入に頼っていて、COEDO も例外ではありません。創業当初は地元川越の大麦を使ったビール造りを目指しましたが、国内産では安定供給がなかなか難しいのが現状です」

水についてー
「ビールというのは例えばアルコール分が5%として、その他エキスが1%、残りの約93%は水です。ですので、水がとても大事な要素になります。この場所に醸造所を作った大きな理由の一つに、井戸が掘れるということがあります。都心部では地盤沈下してしまうので、新しく井戸を掘ることができないのです。ここの地下水は、秩父山系の伏流水が流れていて、ミネラルを多く含んだ中硬水と言われるものです。大きなタンクに地下水を汲み上げているのですが、タンクの上に溜まって見えるのは埃ではなく、実は水に含まれる鉱物(ミネラル)なんです」

ホップについてー
「次に汲み上げた地下水に粉砕した麦芽を入れて、麦汁と言われる甘い液体を作ります。熱を加えて60度くらいのお湯にすると、麦のでんぷんが酵素の力でみるみる糖に変わり、麦汁ができあがります。そこに苦味と香りを付けるため、ビールにとってのハーブであるホップを入れるのが次の工程です。まず苦味をつけるためにホップを加えて煮込み、次に香り付けをするためのアロマホップが加えられます。サイクロン式の掃除機のような水流の発生するタンクのなかでも香り付けが行われます。ホップというのは品種改良によって現在は多くの種類があり、さまざまな香りの個性があります」

酵母についてー
「甘くて苦くて香りの付いた100度の麦汁をこれから一気に冷やしていき、発酵タンクで酵母を加えてアルコールにしていきます。ビール造りには大きく分けて二つの分類の酵母があって、一つは20度くらいの水温を好むものと、10度くらいの冷たい水温を好むものがあります。前者の酵母によって造られたビールをエールと言い、後者はラガーと言われます。日本人にとってラガーは聞き慣れた名称ですが、もともとはドイツ語で貯蔵するという意味の言葉です。ちなみに、微生物である酵母は人と同じように、暖かい場所を好むエールは活動的で、寒い場所を好むラガーは無駄なことをしないという性質があります。エールは活動的なので、アルコール発酵だけでなく香気成分までも作り出すので、香り豊かなビールになるというわけです。COEDO だと白 -Shiro- というビールが発酵による香りをもっともお楽しみいただけるスタイルのビールです。アルコール発酵にかかる時間はエールだと3週間、ラガーで4週間から6週間が必要で、概ね1ヶ月くらいでビールはできあがります」

ビール職人の仕事は、アーツ&サイエンス

「ビール職人には、例えばガラス職人さんのように作業というものがありません」確かに、こうしてクラフトビール造りの工程を見聞きさせていただくと、伝統的な職人の技術や経験というものが素地にはありながらも、科学的知見と機械による合理的なものづくりが行われているように見受けられます。ですが、同時にそこに合理的な美しさというものも感じました。飛躍した推測かもしれませんが、それはクラフトビール造りの師としてドイツから招いたマイスターからの薫陶、そしてドイツ由来のエンジニアリングの思想によるのかもしれません。しかし朝霧さんは、それだけではビール造りはできないと言います。

「自分たちが作りたいものをどうやって作るかというのは、ビールの場合は科学的な知見が重要です。また、それがきちんとできているのかを数値化することも大事なことですが、数値化できることというのは案外限られていて、それ以外の部分を五感で感じる官能検査がとても重要なんです。どういうビールを自分が飲みたいかというのはサイエンスからは出てきません。アーツ&サイエンスの双方を融合させるというのが COEDO のビール職人の仕事です」

ずばり、COEDO のものづくりはアーツ&サイエンス。ここにもある種の美学を感じると共に、取材中に拝見したビール職人のみなさんの活き活きとした姿に腑に落ちるものがありました。ものづくりの前提として、自分たちが飲みたいビールを作るという姿勢がある。

「基本的には入社してきてくれる人たちはビールが好きです。放っておいても飲みますから、その好きだからこそ自然に育つ経験則というのはやっぱり強いですよね。そこはアートの部分の根本だと思います」

また、アメリカのストリートカルチャーとして生まれたクラフトビールという産業自体にも、自分たちが飲みたいものを作るという自由な雰囲気があると言います。前述したホップの品種改良によってさまざまな香りのビールが出たり、副原料としてさまざまな原料を入れた実験的なビールがあったり。COEDO ビールでも、以前は定番品5種(現在は6種)を知ってもらうだけでも大変だったのが、現在は飲み手の層も厚くなり、一期一会的なさまざまな限定ビールも楽しんでもらえる状況になっているそうです。

Sghr が88周年という節目の年を迎えた記念にデザインした「Sghr 88th Anniversary Ale Glass」に合うビールを、COEDO の職人に特別に作っていただいた Sghr オリジナルビール「玻璃」。※現在はグラスのみ販売。

 

原点は農業、バランスは哲学

COEDO BREWERY を運営する株式会社協同商事は、有機農産物の専門商社です。地元である埼玉県川越市の農家には、土壌を健全に保つための緑肥として麦を植えるという農法が伝わっていました。しかしその麦は収穫されずに畑に鋤き込まれるだけだったことから、その麦でビールを造ってみては?というのがはじまりの一歩。結果的に地元の麦を使ったビール造りは断念するものの、地元のさつま芋を用いたビールである紅赤-Beniaka-が誕生し、現在でも定番品としてラインナップされています。

「近年の試みとして、 醸造所の敷地内に開墾した自家農園で大麦の有機栽培をはじめています。そこで、昨年から音楽フェスを開催しています。麦畑の景観の美しさをもっとみなさんに味わってもらえたらなと。農業と距離が近いビールメーカーとして、これからも農業と一緒にものづくりを表現していきたいと思います。それが COEDO の原点であり、私たちの個性だからです」

写真:COEDO BREWERY提供
写真:COEDO BREWERY提供

「農業と近いビールメーカー」としての原点と個性。しかし、ビール自体の個性には「バランスが重要」と朝霧さんは言います。

「商品を個性化するというのは簡単なんです。一つの要素が際立ち、他の要素はマスキングされて隠れますから。日本人にとってアルコールというのは食中酒という文化なので、食事との組み合わせで、お料理をビールが圧倒し過ぎない。これが COEDO ビールの基本姿勢です。さらにグローバルに目を向ければ、日本で作られたビールだから、分かりやすく日本の原料を使うというのもありますが、例えば侘び寂びの世界に通ずるような、絶妙なバランスや繊細さを表現できることに日本のクラフトブルワリーとしての存在意義があるのではないか、と思っています」

COEDO×Sghr “The Beer Series”

COEDO と Sghr による、COEDO クラフトビールのためのスペシャルなグラスシリーズ〈The Beer Series〉は、互いのものづくりへの共感から生まれたビールグラスです。COEDO の定番ビール6種それぞれの特徴に合わせて、色や香りや味わいを愉しむためにデザインされました。「世界的に見ても、ここまでビールの特徴に合わせて感覚的にも論理的にも考えられて作られたグラスはないです」と朝霧さん。インタビューの最後に、〈The Beer Series〉のなかで個人的に一番使うグラスをお聞きしたところ、〈リッカ〉を選んでくださいました。「持ちやすいですし、愛着があるんですよね。でもみんな好きです笑」とのことでした。それぞれのビールをそれぞれのグラスで味わう至福の時、ぜひみなさんにも味わっていただければなと思います。

インタビュー 小谷実知世
構成 / 文 / 写真 山根晋
2023年9月