AI やデジタルテクノロジーの目まぐるしい進展が、未来の私たちの仕事や暮らしを大きく変えていく予感に満ちている昨今。とてもわくわくする一方で、人が手で何かを作ること、手間ひまをかけること、ゆっくり暮らしを紡ぐことにもあらためて価値を感じるようにもなりました。今だからこそ人の手が生み出す美しいもの、愛おしいもの、美味しいもの、素晴らしいこと、次世代に残したいこと、をどんな人がどのような想いで作っているのかを聞いてみたい。インタビューシリーズ「ものづくりのカタチ」では、ものづくりが生み出すあたらしい喜びの形を、さまざまな方にお聞きしていきます。第二回目の今回、お話しを聞いたのは、ニットブランド yato の渋谷渉さんです。
yato(やと) / ニットブランド
心地よい衣を日常に提案するために、素肌に着用できる品質のカシミヤ・ウール原料を厳選し、できる限り無縫製でセーターを仕立てている。300日の着用試験を導入し、耐久テストをクリアした製品のみを定番化。直接販売により日常着としても手の届く価格帯を実現しつつ、工場の経営課題解決につながる取組方法を導入している。ブランド名は、自然の地形「谷戸」で、人と自然が調和した田んぼで稲作を手伝っていたことに由来する。
渋谷渉(しぶや わたる)/ ニットディレクター
活動のコンセプトは「日本の繊維工場を次の世代につなげること」。裏方としてニット製品の企画開発を行い、国内・欧米メゾンブランドの製品を手掛ける。製品化に至るすべての工程で働いた経験をもとに、素材や職人技術を活かしたものづくりを続けている。2020年 MBA 取得。2022年新潟の古民家に拠点を移し、自給自足の暮らしのなかで、自然と調和した衣食住の在り方を追求している。2023年ニットブランド yato をスタート。
yato のニットセーターを着ていたある日のこと、小学生になる友人の子どもが突然、私のセーターに顔をうずめました。「きもちいぃ」とふざける彼女はもちろん、このセーターがどのようなものかを知りません。ですが、感覚的にそれを知っておもわず触れてみたくなったのでしょう。これはすごいものづくりだなぁとその時にいたく感心をしました。「素肌に着てください」と yato の渋谷さんは言います。試しに着てみると、まったくチクチクせず、軽くてほんのり暖かさを感じるまさに気持ちよさがあります。この体験に、試着された皆さんは感動するようです。
型やデザインも奇をてらったものではなく、至って普通で普遍的な定番と言えるようなものだけ。「最低でも10年は耐久性のあるもの、普遍的なデザインにしたい」と、渋谷さんは言います。また、「天然素材であるカシミヤやウールの素材に関する知識や、製造の技術を知るとデザインを加えることよりも、いかに削るかを考えるんです」だそう。結果、着る人自身の魅力が引き出されるような、そんなニットになっています。衣は文字通り、衣食住の一部である。そういった考えからも、ファッションアイテムというよりかは、プロダクトに近い、そんな印象を持ちます。
yato は、長年ニット製品の企画開発をしてきた渋谷渉さんが2023年にはじめたニットブランドです。渋谷さんは、ニットの製造工場側の人間として、つまり裏方の立場で、品質の良いニット製品をさまざまなアパレルブランドと共に作ってきました。しかし、製造や流通の構造自体に歪さがあることがひとつの原因となり、ものづくりの現場である繊維工場が苦しい状況に置かれていることに気づきます。渋谷さん自身、おじいさんが新潟で繊維工場を営んでいたこともあり、自身の使命として、このものづくりを次世代に繋いでいくことを考え、yato を立ち上げました。yato は、まずそういった問題意識と、ものづくりを繋ぎたいという想いからできたブランドなのです。
大阪の南エリアの工場地帯に、創業137年になる深喜毛織株式会社という毛織物メーカーがあります。yato のニットはカシミヤ・ウールともに、ここで紡績された糸を使用しています。渋谷さんは以前、自分が取り扱う糸がどのようにできるのかを知るため、この工場で1ヶ月間働いた経験があります。今回、渋谷さんの案内で、紡績のものづくりの現場を取材させていただきました。
糸が見えやすいよう北向きに大きく採光が取られた繊維工場は光が綺麗で、そのなかを大型の機械が整然と並び稼働をしています。要所に職人さんが付き、緊張感のある厳しい眼差しで微調整をしている様子が見えます。同じものづくりと言えども、Sghr のガラス工房とは全く様子が違いますが、職人がものと一体となるような空気感は同じものを感じます。ここでは原料である羊毛を洗い、染め、調合し、紡ぎ、撚って糸にします。
「どれだけ原料の羊毛にストレスをかけないか、それで糸の品質が全然違うものとなります。そういった意味では、深喜毛織で紡績された糸には、原料の特徴が糸にちゃんと残っているんです。それはやはり全ての工程で、職人が感覚的に微調整をしているから。オートオペレーションの機械だけでは、この品質の糸は作れないんです」
ものづくりの工程としては、この後に別のニット工場にて製品の形に編み込まれていきます。今回、ニット工場の取材は叶いませんでしたが、そこでも、人の手による調整が重要になるそうです。例えば、yato のニットの特徴として軽くて暖かくて、毛玉になりにくいというのがあります。これは通常、何かを取れば何かを失うというトレードオフの関係になるそうですが、それを職人の技術や経験によって絶妙にバランスを取ることで実現をしています。
こうしたものづくりができるのも、渋谷さんが現場の職人さんと近い関係にあるデザイナー・ディレクターであるからです。また、こうした姿勢は一貫しており、なんとウールの原材料であるウルグアイの羊毛牧場に住み込みで働いたこともあるそうです。
きちんとしたものづくりを経てできあがったニットも、yato の場合はすぐには商品化されません。渋谷さんが決めているのは、自分で300日間の着用試験をすること。実際に渋谷さんが300日間着用をし続けたセーターを見ると、驚くほど風合いや形が保たれています。そしてなんと言っても、セーターに付き物である毛玉もほとんど出ていないのです。
「毎日毎日着てみると、身体が体感するので、正直にものの良さが分かるようになります。また、着用して実際に生活してみて、衣が生活を邪魔することがないか、時間をかけることで、そういったことも見えてくるんです」
こうした yato 渋谷さんの、ものを作ることへの姿勢と矜持を聞くと、そこに真善美という言葉が浮かんできます。ただデザインとして普遍的な美しいファッションであるだけでなく、利益や価格の部分で作り手や買い手に還元できる善があり、ものづくりへの真摯な考えと行動があります。
ブランド名の yato は、渋谷さんが以前、神奈川県の自然豊かな山あいの谷戸で、お米作りを手伝っていた経験から名付けられました。そこは、創意工夫を重ねながらも自然と人が調和する場所だったそうです。川が綺麗であればそこに魚が棲み美しい風景が育つように、人は自然から真善美の心を学んだのではないでしょうか。そんなことを渋谷さんの話しを聞きながら考えました。
最後に、新潟の古民家に暮らす渋谷さんに、Sghr の製品のなかから暮らしで使ってみたいものを選んでもらいました。
「古民家に遊びにきてくれるお客さんが増えて、囲炉裏を囲んで食べる食事会は暮らしの中のひとつの楽しみになってます。旬の食材を活かした料理と一緒に日本酒をいただく機会も多くて、ちょうど涼やかな酒器を探していました。シンプルなスタイルと、涼やかなガラスの素材感、表面の微妙な陰影が美しく、豊かな時間をより一層華やかに飾ってくれると思って選びました」