森岡書店 森岡督行さん

Sghrのすべての製品は、雄大な太平洋をのぞむ千葉県九十九里にある本社工房で、職人たちの手仕事によって、一つひとつ作られています。年中、火を絶やすことのない炉の中に、1400℃以上の高温で溶けているガラスの声を聞き、その変化の一瞬を逃さず、さまざまな技術と経験を駆使して、次々とカタチを作っていく職人たち。

そんなSghrの工房へ、東京銀座で「一冊の本を売る書店」をコンセプトにした森岡書店を営む、森岡督行さんをお招きしました。森岡さんの目に、Sghrの工房やものづくりはどう映るのでしょうか。

森岡 督行(もりおか よしゆき)
1974年山形県寒河江市生まれ。森岡書店代表。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋 』(晶文社)などがある。企画協力した展覧会に、「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ2016)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)などがある。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーのブックセレクトを担当した。新潮社『工芸青花』のサイトで日記を、資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。2020年5月には伊藤昊写真集『GINZA TOKYO 1964』を企画、編集、出版。オンラインにて販売中。

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自然とともにある、ガラスのものづくり

9月上旬、工房の中の暑さもまだまだ厳しい頃。東京より電車を乗り継ぎ、森岡さんが九十九里にあるSghrの工房まで来てくださいました。まずは、ガラスが珪砂という砂からできている天然素材であること、成形してもまた溶かして使用できる素材であることといった説明を受けて、ひとつひとつ確認するように聞き入る森岡さん。「こういった熱気のある現場が見れてお話が聞けるというのは、そのことが使うときに浮かびますから、より製品に愛着が持てますよね」

また、ガラスを溶かすための炉は24時間365日止めることができず、原料が溶けきるのに16時間かかるので、どんなに注文が重なり忙しくても、残業ができないことについて、「自然とともにあるという感じなんですね」と感想を漏らされていました。

本の人とガラスの人の対談

一冊の本の深みに分け入り、それを伝え届けていくことの名手である森岡さんと、日々ガラスに向き合い、製品開発の責任者を務める職人の松浦に、ガラスについて、そしてものづくりについて言葉を交わしてもらいました。

森岡さん(以下敬称略)「さきほど、一人前になるまで、だいたい10年はかかると聞きました。それを聞いて、私も古本屋に勤めていた時に、ちゃんと仕事ができるようになるのは40歳からだと言われたことを思い出しました。やはり、ガラスの世界もそうなんですね?」

松浦「そうですね、一概にこれぐらいとは言えないんですが、スガハラの場合、ひとつの技法だけ、ひとつの製品だけをやるというわけにはいかないので、やはりそのぐらいはかかりますね。ただ、何十年も職人をやっている職人もみんな、まだまだですって言うと思いますよ。そのぐらいガラスって厄介な相手なんです」

森岡「それと、これもまた先ほど工房で聞いた言葉なんですが、ガラスと会話するということ。この感覚は、やはり松浦さんにもあるんでしょうか?」

松浦「会話するという感覚はあるんですが、会話できてないかもしれないです(笑)。ガラスは言うことをなかなか聞いてくれないので、極力聞いてあげるに徹しています(笑)」

森岡「ガラスは季節によって状態が変わったりするものなんでしょうか?」

松浦「ガラス自体は特に変わらないですが、こっちの気分が変わるということはありますね。夏はガラスができあがった時の涼やかな表情がやっぱ良いなって思うし、冬はガラスを透った光の感じがもたらす温かみに魅力を感じます」

実際に、松浦が開発・デザインした製品を見ながら、対談は続きます。

森岡「こうしてデザインされたものを見ると、作風が固定していない印象がありますよね。同じ人がデザインしたとは思えないような開きがあるな…と」

松浦「ガラスでいろいろなことをやってみたいんです。それとデザイン的に被ってしまうものがあると、食い合ってしまうような印象があって、それは意図的に避けてます」

松浦「実は、失敗から生まれたものも多くあるんです。この幻(GEN)という製品もまさにそれで、別のグラスを作っていた時に、失敗してしまって、悔しくて息を強く吹き込んだんです。そうしたら今まで見たことのないような屈折が内側に生まれて、それを製品にしました。これは水を入れると…」

森岡「めちゃくちゃ不思議だー、おもしろい!」

松浦「手前味噌になっちゃいますけど、これはデザインありきだとなかなか思いつかないですよね。ガラスを常に扱っているからこそ生まれてきたものなので。こういうのが職人がデザインをするスガハラらしい製品なのかなと思います」

松浦「この泡のグラスも、水を入れてみると、奥に見える泡が大きく見えるんです。水が入って、このグラスの本来の姿が見えてくるようになっていて」

森岡「すごい、おもしろい!なんか宇宙の不思議を見せられているような感じもありますね」

松浦「炭酸や発泡する飲みものを入れると、さらに綺麗ですよ」

森岡「これが食卓にあると、自然の神秘というか、そういったものを日常のなかで感じられますよね。これから、そういったものってもっと大事になるように思いますね。時間の質が少し変わるようにも思いますし、生活、もっと言えば人生が豊かになるような気がします。さらに言うなら、こういったものって大切に30年、40年使うものだと思うんですけど、そう考えてみたら、一日当たりのコストって限りなくゼロ円に近いですよ。いやぁ、松浦さんすごいですね」

松浦「自分ができるというか、ガラスのさまざまな側面や美しい表情をみなさんに見ていただきたいから、自分が引き出したという感じなんです。いま、何年も取り組んでいるものなんですが、ガラスの器で万華鏡みたいなものが作れないかなと考えているんです。ガラスなら反射や屈折があるので、きっとできるはずなんですが、どこをどうすれば良いのかまだ思いつかないんです。でもきっと、ガラスならできるんです」

森岡「いやぁ、それもまた楽しみですね。自分はモノのデザインとしては、引いていく美意識に惹かれる傾向があるんです。ただ今日、松浦さんがデザインされた製品を拝見して、まるで手品を見ているようなものの魅力、その面白さに気づかされましたね」

微細なものを

工房の見学に職人との対談と、Sghrのものづくりに触れていただいた後は、実際に森岡さんがご自身の暮らしのなかに持ち帰りたいと思われる製品を、工房に併設するファクトリーショップで選んでもらいました。ずらりと並ぶ製品に、当初「選べない…と頭を悩ませる森岡さんでしたが、気になるものにはスッと手を伸ばし、まっすぐな眼差しを向けられていました。

「これも、すごいですねぇ」と手に取られたのは、小ぶりなビールグラス、ポウサ。小休止を意味するこのグラスは、持ち心地の良さ、ビールを入れたときの泡と口周りのフォルムが美しい、シンプルながらも職人の美意識が詰まったグラスです。「この形って見たことがないような気がするんです、それでいてビールを飲むための最適性を求めた形というところに惹かれます。この微細な口周りをあの工房で職人さんが作ったんだなぁて、その情景が浮かびますし」

いくつかの製品を比べて、最終的に森岡さんが選んだのは、クリア色のフィフティーズ。「やっぱり、自分はシンプルなものにどうしても惹かれてしまうんですよね。そして、シンプルだからこそ微細なところに目がいくといいますか…。そういうものが堪らなく好きなんです」フィフティーズは80年代に生まれた製品ですが、当時、色の組み合わせや幾何学パターンなどのデザインが一世を風靡したなかで、あえて50年代のシンプルモダンを踏襲したデザインを発表し、そのシンプルな形状ゆえ、現在でもSghrのロングセラーとなっている製品です。その製品の背景も、森岡さんは「デザインした人の気骨を感じますよね」と。今日の締めくくりに、Sghr cafeのテラスで、フィフティーズに注いだビールをゆっくりと堪能していただきました。

online 工房見学

今回、森岡さんにはわざわざ九十九里の工房まで足をお運びいただき、工房の熱気や雰囲気とともに、Sghrのものづくりを直接ご覧いただきました。ですが、遠方にお住まいであったり、もっと気軽にSghrのものづくりを体感したいという方に向けて、オンライン上で工房見学ができるように現在準備を進めています。(10月中の開始を予定)職人たちが自ら案内役となり、ライブ感満載でお届けします。サービス開始のご案内は、Sghrの各情報発信媒体よりお知らせいたします。ぜひ、オンラインでもSghrの工房見学をお楽しみください。

●構成 文 写真:山根晋
2020年10月