わたしの「記念年」

Sghr の歴史とともに生み出してきた多くのガラス製品たち。オリジナルのデザインが始まった1970年代から、現在も毎年発表している新製品の数々。しかしその中には、原材料が手に入らなくなったことや、安定して生産がむずかしいもの、一定の販売数に満たなかったものなど、さまざまな理由により継続的な製造ができなくなった製品があります。そうした在庫限りの数量限定である希少な休止品の数々を閲覧、購入していただけるウェブサイトが《Sghr ARCHIVE》です。

今月のマガジンでは、Sghr とゆかりがあり、魅力的なお仕事や活動をされているお二方に、「あなたにとっての記念年は何年ですか?」とインタビューをして、その年に発表されたアーカイブ製品を一つ選んでいただきました。その時代その年に生まれた Sghr のガラス製品と、それを手に取る方が過ごしてきた人生の節目や時間。触ることができるようでできない、そんな透明なもの同士が重なり合うような情景を想像しました。

PAUSE 吉原友美さんの「記念年」

「ひと休みできる時間」をテーマに、暮らしと心が整うお花や植物のある風景を提案している PAUSE(パウズ)を主宰する吉原友美さん。神奈川県葉山町を拠点に、オンラインショップを通じて全国へ植物を届けたり、空間装花や出張花屋、レッスンなどを開催されています。Sghr とは、通年で「今日花(こんにちばな)」というワークショップをスガハラショップ青山に併設する Feel Sghr で開催しています。そんな吉原さんの「記念年」は何年なのでしょうか?

吉原さん「わたしの記念年は、2020年ですね。2020年は自分の人生を変化させる覚悟を決めた年、そんな風に自分では捉えています。その前年に私生活において大きな変化があって、はじめは受け入れるのが難しかったのですが、ある日車を乗っていたらポンと前向きになれる気持ちが湧いてきて、そこからまず自分と自分の過去を受け入れていく時間を多く過ごしましたね。それまでは、嫌だったことや記憶を無くそうとして頭の中で余計膨らんでしまっていたのですが、その嫌な気持ちと同居しながらも、じゃあ今自分が大事にしたいことは何だろう?そうやって自分に問いかけることができるようになってきました」

吉原さんが選んだのは2020年発表の〈suu/スー〉
サンドブラスト加工で「2020」と小さく刻印(オプション)

2020年の時点では、現在の PAUSE で行うような活動や拠点となる場所もなかったという吉原さん。「自分を受け入れていく時間」を過ごすなかで、徐々に現在に向かっての確かな歩みとリズムを見つけていきます。

吉原さん「それまでも植物の仕事をしていましたが、お花というのは扱ったことがなくて。ふとしたことがきっかけで、お花の移動販売のようなことをはじめてみたら、そこにすごく笑顔とか感謝の気持ちがあることが分かったんです。こちらが提供している側なのにありがとうという言葉をいただいたりして、お花ってすごいな!と実感したんです。なので、2020年はちゃんとお花と向き合っていこうと思った年でもあるんですね。それと自然の中で過ごす時間も2020年をきっかけに増えた気がします。趣味である川釣りも2020年から始めたんですが、川の流れや魚がいる場所、飛んでいる虫などその環境にはたくさんの要素があって、そこに自分も川の中に入って竿を投げて、自然のなかにお邪魔する感覚。なんだか、すごく浄化されるんですよね」

吉原さん「今拠点にしている葉山に引っ越してきたのは、2024年と割と最近のことなんですが、もっと前から住んでそうと良く言われます(笑)。自分では良く分かっていないのですが、この町が自分と向き合わせてくれた部分も大きくて、今はすべてに感謝しようって思えるようになりました。今まで負の感情を向けてしまっていたものにも感謝の気持ちを持つことができたら、何かが根本的に変わるかも?って少しわくわくする気持ち。お花もただ見て楽しんでもらったり、売買をするだけでなくて、人の心が和らいで自然と感謝の気持ちが溢れてくるようなきっかけとして届けていきたいなと思っています。私と同じような境遇の人って意外に多いんだなと最近気づいて、そういう方が一歩踏み出すきっかけを作れたらいいなと」

HAPPY NUTS DAY 永江洋さんの「記念年」

千葉県産の落花生を原料に、美味しくて安心安全なピーナッツバターを製造販売している HAPPY NUTS DAY(ハッピーナッツディ)。Sghr の本社工房からも程近く、海沿いを北へ向かって車で少し走ると、廃園となった幼稚園をリノベーションした素敵なファクトリーがあります。そこで工場長を務めるのが、永江洋さんです。HAPPY NUTS DAY が大好きで入社したという永江さん。そんな永江さんの「記念年」は何年なのでしょうか?

永江さん「僕の記念年は、生まれ年である1986年です。今年でちょうど40歳になります。全然実感がなくて、年齢だけ聞けばまぁまぁ良い年なんですけど、中身は中学生のまんまみたいな(笑)。でも僕が親しくさせていただいている先輩方も良い意味で年齢不詳の方が多くて『50歳になったらもっと楽しいぞ』なんて言ってくれる方もいるので、歳を重ねるのは楽しみでしかないですね」

永江さんが選んだのは1986年発表の〈savanna/サバンナ〉
サンドブラスト加工で「1986」と小さく刻印(オプション)

40年前、ご両親の郷里である島根県で生まれた永江さん。幼少期にお父さまのお仕事の関係で千葉県に越されてきました。小さい頃は、将来何になりたいか全く考えていなかったそうですが、徐々に音楽にのめり込み、同時にスケートボードにも熱中するような青年に。大学卒業後は、大手 CD ショップに就職をして、好きなことを仕事に充実した日々を過ごしていました。

永江さん「ひょんなことから、当時まだブランドを立ち上げてすぐの HAPPY NUTS DAY を知るきっかけがあって、食べてみたら美味しかったんです。調べてみたら『スケーターが作るピーナッツバター』と書いてあって、一気に親近感とともに興味が湧きました。福祉作業施設に発送作業の委託をしたり、保護犬活動への寄付など社会貢献活動もしていたのが、30歳前後の当時の僕にはすごく美しく見えました。少しして採用募集が始まったので、これだと思って応募して面接までしたのですが見事に落ちて(笑)。でも諦めずに次の募集時にも応募したらまた落ちて、合計3回落ちました(笑)。このままじゃ落ち続けるだけだなと思って、当時 OEM でピーナッツバターを作ってもらっていた工場が採用を行っていたので一旦そこで働かせてもらって、ピーナッツバターの作り方とか知識を得た上で、『俺、仕上がりましたけど』みたいな感じで(笑)ようやく入社することができました」

永江さん「HAPPY NUTS DAY を通して、それこそ Sghr さんもそうですけど、千葉県にあるいろんなブランドさんや作家さん、あとお店なんかも知るようになりました。30代前半くらいまでは自分が幼少期から育った千葉県にあまり思い入れもなかったんですが、今はすごく好きになりました。そんな中で知り合った、館山にお住まいの僕の好きな木工作家さんがいらして、70歳過ぎの方なんですが、一昨年急に亡くなられて。その後に奥さまから『人生楽しむ』というその方の座右の銘をを聞いて、なんかその言葉が妙に腹に落ちたんですよね。40歳というのもあるんですかね、ちゃんと人生楽しむぞって最近思い始めていますね。それと僕、毎朝自分が淹れたコーヒーを先祖にも分けていて。美味しいお菓子とかもそうなんですが、先祖にもお裾分けしたいなと思ってしまうんですよね。妻や家族、亡くなった祖父祖母やその先にいてくれた先祖も含めて今は本当に家族が好きですね。照れくさくなくそれが言える歳になったということなんですかね」

「記念年」を贈る

吉原さん永江さんのように、自分にとっての「記念年」を Sghr ARCHIVE の中から見つけてみませんか?または、自分にとってだけでなくて家族や友人、大切な人の「記念年」を贈るのも素敵です。Sghr ARCHIVE のウェブサイト内にある検索窓に、記念年を入力すれば、その年に発表されて在庫のあるアーカイブ品を見つけることができます。(1976年~2020年まで、1980年は欠品)
その年に生まれたガラス製品と暮らすひと時は、ちょっと不思議で特別な体験になることでしょう。本文でご紹介した、サンドブラスト加工で「記念年」を刻印することも可能です。

Sghr ARCHIVE オンラインショップの刻印ページはこちら

構成 / 文 / 写真 山根晋
2026年10月