砂が溶け、液体状になっているガラスの温度が1400度。
そこから、ガラスが固まるのが約600度。
その1400度から600度までの、限られた瞬間の中で
Sghrの職人は、ガラスにいのちを吹き込みます。
天然素材であるがゆえ、まるで
「生きているかのようなガラス」を相手に、職人たちは
自らの経験や勘を頼りにしながら、手と眼、身体と感性を
最大限に使って、会話をしているようにも思えます。
であれば、どのような会話がそこにはあるのか。
そこで、Sghrの各製品をピックアップし、それをつくる職人に聞いてみました。

ヘレン

photo
「他に誰もやっていないやり方で」

ガラスとの会話

つくる職人 / 江良徹

photo

つくる職人 / 桑升亮真

photo

Q:江良さんは、ワイングラスなどの脚の製造を担当されています。ヘレンの脚の場合、どのような“ガラスとの会話”があるのでしょうか?

「脚を作る時に手数をかけてしまうと、その分ガラスは冷めます。そうすると節ができてしまうんです。それを防ぐために、ギュッと1回で脚を引いていきます。ヘレンもそうやって作ります。それと、脚になる部分のガラスの塊の温度と、本体(飲み物を入れる部分)のガラスの温度を揃える必要があります。例えば、本体側の温度が低くてガラスが硬いと、脚だけが引っ張られて一体感のない、いびつな形になってしまいます」

photo

Q:なるほど、本体から脚までの流れるような曲線は温度を揃えることで生まれるんですね。

「そうですね。赤くて柔らかい高温の状態から少し温度が落ちて、だいたい600度よりやや高いくらいの、ガラスが固まりかけている状態を一発勝負で引っ張ります。その見極めが難しいですかね」

Q:その見極めはどのようにしているんですか?見た目で分かるものですか?

「ガラスのタネを1回トンと道具で叩きます。そうすると、なんとなく分かります。叩いた時に、ガラスの芯が柔らかいと全体が縮む感じがあります。一方、芯だけが硬いと、叩いた箇所だけへこみます。それが理想で、そうするとスッと引けます。ガラスの温度や量というのは、毎回違うので、箸という道具を入れる場所をミリ単位で変えていきます」

Q:脚の流れで、台の箇所も江良さんが担当されていますよね?脚の先端に付けられたガラスのタネが、みるみる広がっていく様子は見ていて気持ちいいです。

「台を作るには、紙を挟んだ台広げという道具を使うのですが、ガラスの量が多い厚い台にすると、冷ますために少し力を入れて挟むようになります。それを繰り返すと、ガラスに触れている紙の表面の焼き肌がガラスに出てきやすくなって美しくないんです。逆に、ガラスの量が少ない薄い台の場合、紙の影響を最小限に抑えることができる。そうすると、ガラスの表面が綺麗になります。それと、台広げに関しても特殊な使い方をしていて、ガラスに対して1点だけが触れるようになっています。そうすると、ガラスが冷めにくく、薄く伸びてくれます。しかし、難しい使い方をしているので、ちょっとでも力加減を間違えるとガラスが広がりません。こういうやり方は他に誰もやっていないと思います」

photo
photo

Q:本体(飲み物を入れる部分)は桑升さんが担当されています。絶妙な揺らぎがある形態を安定して製造していくのは、かなり難しいように思えます。

桑升
「だいたい三角形になるようにねじって、揺らぎを表現します。ねじり過ぎると四角形とか、ぐちゃぐちゃになりかねなくて、ねじりが少ないとただの楕円のようになります。それを何回も何回も繰り返して、感覚を自分で確かめていきます」

江良
「この揺らぎを作るのに、一切外を触っていないんです。吹いたガラスを再度炉の中に入れると、吹き込んだ息が抜けて、ガラスがしぼむんです。そのしぼんだ瞬間を見逃さずに炉から引き出して、揺らぎを作ります」

桑升
「ガラスは常に竿を回しながら作るので、しぼんだ瞬間に勝手にねじれてくれます。揺らぎを表現するのは、その加減ですね。感覚の仕事なので、急に理由もなくできなくなる時もあります。また、ガラスもずっと同じ温度ではないので、それに合わせていく必要があります」

photo

スプーン

photo
「頭で考えていたら、つくれない」

ガラスとの会話

つくる職人 / 内藤有紀

photo

Q:このれんげのようなガラスのスプーンは、よく見ると立体的な曲線が特徴的で、自立もするので、食卓で存在感があります。これはどのように作っているのか、想像もできません。

「これはワイングラスの台を作るのと同じ、台広げという道具を使って、最初に丸いお皿のようなものを作ります。そこから、ラジオペンチを使い、まず1度ちょっとガラスの縁を引っ張ります。そうすると、しずく型になります。そこからもう1度引っ張って、れんげの形を作ります」

Q:それは、完全にフリーハンドですか?

「はい、完全にフリーハンドです。この製品に関しては、からだが勝手に反応して動いている感じなので、それを説明するのはなかなか難しくて…(笑)逆に頭で考えていたら、たぶんできないですね。うちでは、私しか作らない製品です」

photo

Q:やはり、ガラスの温度の見極めが重要ですか?

「そうですね。ガラスの固さ具合が難しいです。このスプーンは自立するようになっていて、それには中心付近にガラスの肉がこなければなりません。ガラスを引っ張ると、ガラスのへりが先に冷めていきます。ひとつタイミングを間違えると冷めすぎて、ガラスがうまく伸びません。また、厚みのバランスも悪くなってしまいます。ガラスには合計2回触って形を作っていきますが、最初の1回目に触った感じで、上手くできるかどうかは決まっています」

photo

フィフティーズ

photo
「ガラスの伸びを見極め、薄さをつくる」

ガラスとの会話

つくる職人 / 小出賢一

photo

Q:フィフティーズの魅力は、シンプルなガラスのコップのたたずまいを残しながらも、軽さを印象づけるところにあるように思えます。口元の薄さも絶妙ですよね。この薄さはどのように作るんですか?

「まず、型に入れる前に1回ブロー(息)を吹き込みます。それで、ガラスの肉周り(表面の厚さ)を整えます。そうしないと、均等にガラスが伸びません。その後、型にガラスを入れていく時に、ガラスがどのように伸びるかを見ています。口元を薄くするということは、ガラスが伸びて薄くなるということです。ですが、ガラスが柔らかすぎると薄くなりすぎてしまいます」

photo

Q:素朴な疑問ですが、型に入れればできあがるというものではないですね。

「全然、違いますね(笑)その都度、細かい調整をしています。フィフティーズは底肉をやや薄めに仕上げますが、これも、型に入れる前に吹き込むブローの量で最初の調整をします。ブローの量が多いと薄くなり、少なければ厚くなります」

Q:目立ちにくいですが、グラスの底の角にややエッジがあるのも特徴ですよね。

「それは、型に入れた時のガラスの柔らかさが決め手だと思います。柔らかければ、少しためて、型の角までガラスが入り込むのを待つことができます。そうすると、しっかり角まで形がでるようになります」

photo

Q:フィフティーズはシンプルなデザインだからこそ、注意しなければならないことも多いような気がしますが、他に気をつける点はありますか?

「表面の肌質の綺麗さ、ですかね。ガラスを型に入れて吹くんですけど、ガラスと型は直接は触れてはいなくて、間に水蒸気の膜ができています。ですが、時間をかけすぎると、水蒸気の膜がなくなって、必然的に型に触れて表面に傷がついてしまいます。そこはタイミングを注意しなければならない点です」

photo
「失敗から生まれた魔法のグラス」

ガラスとの会話

つくる職人 / 松浦健司

photo

Q:このグラスは、なんといっても飲み物を入れた時に見え方が変化するのが特徴だと思います。どのような仕掛けがあるのでしょうか?

「実はこのグラス、失敗から生まれた製品なんです。同じように底肉が厚くて、泡が含まれているデザインのグラスを製造していた時に、失敗してしまってブローを強く吹き込んだんです。悔しくて。そうしたら、底肉に入れた泡がやたら多く見えて、キラキラ輝いていました。「あれ、この見え方なんだろう?」と。いちど、底肉をためて形が決まったものに、さらにブローを吹くと、表面は冷めているのでガラスは伸びませんが、内底の芯はまだ熱いので、芯だけがくぼんだ状態になるんです。それが、光の屈折による写り込みをガラスの中に生んだ瞬間でした」

photo
photo

Q:まさに偶然の産物ですね。実際にはその時の泡ではなくて、色で写り込みの不思議さを表現することになったわけですが、それには何か理由があるんですか?

「製品化に向けて研究をする中で、色の方が飲み物を注いだ時にはっきりと変化が見えることが分かりました。そうであれば、例えばレストランでこのグラスを使ってもらう場合に、飲み物を飲む前に注ぐという行為でお客さんに楽しんでもらうことができるのではと思ったのが理由です」

Q:その魔法を生む、グラス内側の段差ですが、かなり強く息を吹き込むんですか?

「もちろん強く吹くことも大切ですが、タイミングが重要です。グラスの外側と内側になるべく温度差を作るようにします。この温度差を作るには、温度が高くて柔らかいガラスを最初に巻きます。さらに、型に入れて吹く時にちょっと長めに吹くことで、型に触れている表面だけが冷えます。そうして、外側と内側の温度差がいちばん大きい状態でタイミングよく吹き込むと、写り込みが最大限に溜まる、カクンと折れた理想的な段差ができます」

photo

Q:分厚い底の角のエッジもクールな印象を与えます。

「角にしっかりエッジが出るには2つ理由があります。この製品は再加熱をする工程があるので、ガラスがより柔らかくなっていて、型の角までガラスが入ること。それと、底肉が厚いのでガラスの熱持ちが良いんです。なので、角が出しやすくなります。製品の形というのは、製造の工程上、必然的に決まってしまうこともあるんです」

構成 / 文 / 写真 山根晋
2018年10月