菅原工芸硝子さんとの協働により完成したガラスのモビールは、「声」という文字をかたどっています。文字が発声され、空気を振動させながら風景に還っていくような、文字と空気の間をつなぐ「声」。
菅原工芸硝子の職人・松浦健司さんの言葉をお借りすると、「ガラス自体は結晶化しないものなので、液体とも言えます」とのことで、ガラスという素材自体があわいの姿、「たまたまそういう形でとどまっている」状態なのだそうです。
文字と空気の間の「声」、そしてあわいの形であるガラス。
私が描いた「声」のドローイングをもとに、職人の松浦さんが吹きガラスでさまざまな形状や表情のパーツに起こしていくセッションを経て、今回の形になっていきました。
その形は「完成形」ではなく、吊られて空間を漂うことでまたさまざまな表情や動きに変化していく、あわいの姿でもあります。
グラフィックデザイナー 大原大次郎
videograph:Shin Yamane
music:Masatomo Yoshizawa・XTAL
大原大次郎
Q:大原さんは言葉や文字をさまざまなプロジェクトを通じて探究されていると思うのですが、その”面白さ”について少しお聞かせください。また、それをモビールにしたというのは、どういった発見があったのでしょうか?
例えば文字の「とめ・はね・はらい」などの様式は、地球上の重力や慣性などの物理現象の影響を受けた形をともなっています。この地球の「くせ」のようなものと向き合っていく際に、文字をモビールのような形で重心やバランスを取りながら組んでいくと、書く・読むといった普段の文字や環境との向き合い方にも変化があるのが面白いなと思っています。横顔や背中があったり、風や光によってさまざまな動きや表情を見せることも。それは環境と会話しながら息づく生き物のようでもあるなと思っています。
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Q:今回、それがガラスという素材になったわけですけど、何かあたらしい発見などはありましたでしょうか?文字とガラスの組み合わせは、なかなか珍しい取り合わせだと思いますが、それがモビールとして宙に浮いていると不思議な感覚がします。
すごく感動がありました。松浦さんにガラスの特性を伺っていた際に、「ガラス自体は結晶化しないものなので、液体とも言えます」とおっしゃっていて、ガラスという素材自体があわいの姿、「たまたまそういう形でとどまっている」状態だと知って驚きました。今回のガラスのモビールは「声」という文字をかたどっていますが、声は文字と空気のあわいの存在だと位置づけていて、ガラスと声の両者があわいの姿であるという共通点は、大きな発見でした。
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Q:当初の候補として、「文字」「風景」それに「声」がありました。その中で最終的に「声」が形になったわけですけど、「声」ということを考えてみると、「文字」や「風景」よりもあいまいで、普段使いの言葉ではありますが、あらためて不思議な言葉であり文字だなと思います。大原さんは「声」にどのようなことを想起しますか?
歴史を遡ると、文字の発生以前にまず発声がありました。文字は意味だけではなく声が形になった側面もあるんですよね。でも、例えば自分の声を録音して聴いてみると「自分てこんな声なの?」と違和感を感じるように、とても身近なのに自分で認識している声と聴かれている声には違いがあったり、人間や動物の声だけでなく、森や海などの自然の声や、家や道具などの人工物にも声があって、さらに願いや祈りなど、内なる声や音をともなわない「思い」のようなものも声だったりしますよね。
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Q:暮らしのなかでどのような景色が生まれていくのか、想像するのがとても楽しみなプロダクトだと思います。大原さんは個人的に、どのような場所でどんな時間とともに過ごしたいですか?
玄関だったり、キッチンだったり、食卓だったり、寝室だったり、普段からモビールをいろいろな場所に吊るして生活しているのですが、ふと目が合う瞬間があって、やっぱり生き物のようだなと思います。モビール自体が生き物のよう、というのもあるのですが、周囲の空間も生きているように感じるというか、光を受けていきいきしたり、風を受けてゆったり回ったり、眠っているように静かにとどまっていたりと、空間自体に呼吸や時間感覚があるのだということをよく感じます。
松浦健司(Sghr)
Q:まず今回とても驚いたのが、手書きでスケッチされたものを、そのニュアンスも含めて松浦さんが(あっさりと?)ガラスにしてしまったことです。平面に描かれた大原さんの文字がそのまま立体になった、そんな印象を持ちます。製造の様子を見るととても簡単にやっているように見えるのですが…、なぜそんなことができるのでしょうか?
確かにあっさりと作っているように見えるかもしれませんね。でも、けっしてそうではなく頭の中ではしっかりとイメージを作っています。大原さんのスケッチだけではなく、いろいろとお話をして感じた人柄や、「声」という文字に対する想い、それら全てを繋ぎ合わせて作ろうとすると、一瞬の集中の中で躊躇わず、流れるように作らないとカタチにできないのです。ですので、一見あっさりと作っているように見えるかもしれません。
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Q:ガラスで文字を作るというのは、スガハラとしても初めての試みということでしたが、こうしてできあがってみて、どのような感想がありますでしょうか?今回の開発は主に松浦さんが担当されたと思うのですが、他の職人さんの反応などありましたでしょうか?
今回の試みで、文字に対する印象が変わりました。スケッチを見るまではどうやってガラスで表現できるのか想像もつきませんでした。ガラスの棒を並べて「声」というカタチに組めば文字として見ることはできますが、なんの面白さもありません。それをまさかあんな流れるようなラインで書いたり、ガラスの塊を文字の一部として成立させてしまうなんてびっくりしましたし、感動しました。他の職人はパーツでしか見ていないと思うので、私が何を作っているのか、不思議に思っていた人もいたと思います。
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Q:松浦さんは「声」という言葉あるいは文字にどのようなことを想起しますか?
今回、大原さんからいくつかの文字のスケッチをいただきました。その中で「声」がカタチになったことは必然だったような気がしています。「声」というのは実際に耳に入ってくる音だけを指しているのではなく、感じる「声」というのも存在していると思います。職人は「ガラスの声を聴く」という表現を使ったりします。ドロドロに溶けているガラスを吹き竿に巻き取り、息を入れカタチを変えていく。あっという間に冷めて硬くなっていくガラスの一瞬を狙って作業をする時、今だ!というタイミングがあるのですが、真剣にガラスと向き合っているとその「今だ!」って声が聞こえてくる気がします。ちょっと変な話ですが、そうやってガラスの”声”を感じて製造しているので、ガラス職人にもとても身近にある文字のような気がします。
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Q:スガハラでは普段、職人が自らデザインをして製品を生み出していると思いますが、一方で外部のデザイナーさんとのコラボレーションもたくさん行われています。松浦さんは開発の責任者として、さまざまなデザイナーさんとやり取りをしてものづくりをされてきた経験があると思うのですが、今回のプロジェクトを振り返ってみて、面白かった点やあらたな気づきなどがあれば、お聞かせください。
デザイナーさんとのコラボは毎回楽しみにしています。今回の文字を書くというのも初めてですし、それをモビールにする。というのも初めての試みなので、どうなるかとても心配でした。スケッチを忠実に再現するのも難しいことですが、それを吊るすとなると重さを気にしたり、重心を気にしたり、今まで考えたこともなかった点が気になってきます。そんな経験はかつて無いので試行錯誤の連続でしたが、おかげさまで今まで以上にガラスとの対話が上手くなれた気がします(笑)。
『声の唄』
目に映る想い
光と影の残像
事象の中に
漂う声は
幾重にも重なり
光は声の中
透過と屈折を舞う
微かに繋がった音の共振
この世界に響く
光に漂う声の唄
ガラスのモビール〈声〉によせて
minä perhonen デザイナー
皆川 明