靴職人 小高善和さん

100人いれば、100篇の日々と暮らしがある。わたし達が寄り添いたいのは、ひとりとひとりの日々。そして、暮らし。そこで、気になるあの人のご自宅や仕事場にお邪魔して、お話しを聞かせていただきました。その際、事前に Sghr の製品を選んでいただき、実際に暮らしの中で使われた実感や感想をお聞きしました。暮らしの日用品である Sghr の製品は、職人のもとで生まれ、使い手の暮らしの中で育っていきます。

今回お話しを聞いたのは、Sghr の工房と同じく千葉県の九十九里で靴工房を構える、小高善和(おだかよしかず)さんです。「歩くのが楽しくなる靴」をテーマに、オーダー靴の受注製作と生徒さんみずから手を動かして靴を作る教室を開講されています。また小高さんは、毎年秋に Sghr の本社工房で開催しているクラフトマーケット「くらしずく」の出店作家として初年度から参加してくださっています。同じ九十九里で、小高さんはどのようなものづくりの日々と暮らしをされているのか。しっとりとした小雨が降るなか、工房へお邪魔しました。

小高善和
1977年千葉県生まれ。モゲワークショップを経て、2010年 長生郡白子町にて小高善和靴工房を始める。「歩くのが楽しくなる」をテーマに一人一人の足と暮らしに合わせた靴をつくっている。オーダーメイドの靴作りと並行して靴や革小物を自分の手でつくることができる「くつつくりワークショップ」を主催。工房に併設された店舗の他、主に県内のギャラリーやクラフトマーケットなどで受注会を行っている。

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Sghr の工房より、田園風景のなか車を走らせること約20分。どこか愛らしさのある看板に出迎えられて、目的地である小高善和靴工房に到着。ほのかな革の匂いが立ち込める工房には、ずらりと靴が並び、ミシンをはじめ靴作りの道具などが所狭しと置かれています。「オーダー靴だけをやっていたらこんなに物に溢れてないんですが、うちは教室もしているので、生徒さんが使う材料や道具などが多くて」と小高さん。ここには、ものづくりの充実感が満ちている、そんな気がします。

ちょっと気分が良くなる日用品

まず、今回選んでいただいた Sghr の製品についてお聞きしました。靴職人である小高さんがガラス職人が作った製品をどのような視点で選ばれたのか、気になるところ。まずはカジュアルなワイングラスとして短めの脚が特徴の〈カデンツ〉を選ばれた理由について。

(小高さん)「もともとこうした短めの脚が付いているグラスが好きで、それこそ日々の暮らしが良くなるかなという感じがあって。夕飯の時に少し高さがあるだけでちょっと気分が良いんですよね。サイズも小さめを選んだのは、もうそんなにガブガブお酒を呑みたい年頃でもないですし、呑んだ後に支障がない程度に愉しみたいというのがあって」

例えば、ソファに深く腰掛けながら映画鑑賞のお供にワインという場合。通常のワイングラスだとなかなか緊張してしまいますが、この〈カデンツ〉であればカジュアルに愉しむことができます。小高さんの言うように、気取らないけど過ごす時間の質をちょっと良くしてくれる日用品です。
続いては、どこにでもあるような紙コップをガラスで表現した〈ア、カップ〉についてお聞きします。

(小高さん)「これは工房での作業中に水を飲んだりするのに良いなと選びました。紙コップを模したというのは今聞いて気づきましたが、このぐらいシンプルな感じが好きです」

また、リサイクルカラーを選ばれた理由については、「リサイクルカラーは物としてのゆらぎがあるのが良いなと思いました」物としてのゆらぎ。なるほど、そういった視点があることに気付かされました。物の背景にある状況を想像できるからこその言葉。

また、小高さんは Sghr の工房と近隣であるということから、職人のこともご存知とのことで、この〈ア、カップ〉をデザインした秋山へのリスペクトから、という付言も。そして、3つめに選んでいただいた〈カラボウ〉も、デザインしたベテラン職人塚本へのリスペクトがあって、とのことで。

(小高さん)「カタログを見ていたら、素材に教わりましたという塚本さんの言葉が書いてあって、もうこれだなと。これ手に取らない人いるのかなっていうぐらい良い製品だと思います。靴の場合、素材は革ということになるんですけど、それも種類やその時の状態で色々な違いや変化があるので、共感できます」

同じ仕様の革でも、季節によって厚みが変化するとのこと

本元の自分に帰れる靴作り

20歳の頃から靴作りに漠然とした憧れがあり、アパレルの販売員など、いくつかの職を経験しながら休日に靴作りの学校に通ったという小高さん。

(小高さん)「仕事でむしゃくしゃしたり、プライベートで上手くいかないことがあっても、休日に靴作りに行くと、本元の自分に帰れるという感覚がありました」

その後、ご自身の地元である九十九里で靴工房を立ち上げます。靴作りを通じて、生まれ育った地元に何か貢献したいという気持ちが湧いてきたそうです。

(小高さん)「仕事終わって、帰ってきて星空を見上げたらすごく綺麗で、やっぱり住むならここだなぁと思いました」

小高善和靴工房では、オーダー靴の受注製作をするだけでなく、生徒さんを募って、靴作りの教室も開講しています。お話しを聞くと、そこにも小高さんならではの考えがあります。

(小高さん)「例えば、作家さんが作品だけでは食べていけないから教室をしているなんてことがありますけど、僕の場合は逆で、教室をやりたいから靴の受注をしているという感じなんです。人に教えたり、一緒に手を動かして考えたり、それだけで済むならそれで良いと思っていて。もちろん、教えているだけだと成長が止まってしまうので、自分が作り続けるのは大事なんですが」

さまざまな人生が集う教室

靴作りの教室には、さまざまな人が通ってくるそうです。性別年齢、職業も立場も状況も違う人が、靴を作りながら、ここでいろいろな会話をする。その様子がとても面白いそうです。

(小高さん)「例えば、会社役員の年配男性とバリバリ仕事のできる若い女性が通ってくれていて、お二人は別々の会社で共に管理職の立場なんですけど、部下の評価をどうやってしているのか、そんな相談を靴を作りながらしてるんですよね。ここがなかったら起こらなかった交流が生まれているのが見ていて面白いなぁと。年配の女性同士だと親の介護の話しになったり、それぞれの人生があるんですよね」

生徒さんが、手縫いして作り上げたマウンテンブーツ

普段は別の仕事や各々の時間を過ごしている人が工房に来て教わりながら手を動かして、その人の暮らし、そして人生を想いながら一足の靴を作る。ものづくりと暮らしが自然に重なっていく光景。そのことを大切にしている小高さんの靴作りは、とても風通しが良いなぁと思いました。

インタビュー / 構成 / 文 / 写真 山根晋
2024年5月
Sghr ARCHIVE