日々の暮らし。
そこには、100人100篇の日々と暮らしがあるのだと思います。
わたし達が寄り添いたいのは、ひとりとひとりの日々。そして、暮らし。
そこで、気になるあの人のご自宅やお仕事場にお邪魔して、お話しを聞かせていただきました。その際、事前にSghrの製品を選んでいただき、実際に暮らしの中で使われた実感や感想をお聞きしました。暮らしの日用品であるSghrの製品は、職人のもとで生まれ、使い手の暮らしの中で育っていきます。
4回目の今回取材させて頂いたのは、空間コーディネーターの石村由起子さん。
奈良の「くるみの木」をはじめ、石村さんがつくりだす空間や暮らしの提案に多くの人が心惹かれ続けています。そんな石村さんは、日々をどのような感性で過ごされているのか。真夏の昼下がり、奈良市内のご自宅にお伺いしてお話を聞きました。
空間コーディネーター /石村 由起子
香川県高松市生まれ。1984年、奈良市でカフェと雑貨の店「くるみの木」を始める。2004年、ゲストハウス、レストラン、ギャラリーを併設した「秋篠の森」オープン。2015年観光案内所、食堂とグローサリー、喫茶室からなる複合施設「鹿の舟」、2016年には東京白金台にオープンした奈良県のアンテナショップ「ときのもり」内のショップ&カフェ「LIVRER」をそれぞれプロデュースと運営をする。自身の暮らしから生まれた、心地よい空間は多くのファンに愛されている。
http://www.kuruminoki.co.jp
そこにいるだけで、心の充足感が自然と満ち溢れてくる。いわゆる本当に素敵な空間に身を置くと、そんな不思議な感覚を感じることがあります。やすらぎを感じる木の家具があり、窓からの光が室内の照明とほどよく溶け込む。天気が良い日には、外の緑をつたい柔らかい風が抜け、花器に丁寧にいけられた季節の花々がそよぐ。と、要素をあげればきりがありませんが、それら要素があれば良いわけでもない気がします。では、心の充足を感じる本当に素敵な空間には何があるのでしょうか。30年以上もの間、そんな素敵な空間をつくり続けられてきた石村さんのお話を聞きながら、それには”時間”がとても大事なのではないだろうか。そんなことに気付かされました。いつの時代も変わらない日々の暮らしを愛でるまなざし。小さな実がいずれ大きな実りとなる過程を楽しむ姿勢。ものに残る思い出と生きる幸せ。きっと石村さんのつくる空間は、そんなさまざまな時間が育んだ心が折り重なり、今日も誰かの心を満たしているのだと思います。
おばあちゃんの存在とソフトボール
石村さんのファンの間では有名な話ですが、石村さんの感性の原点にはご自身のおばあさんの存在があります。ご両親が仕事で忙しく、幼い頃の石村さんはおばあさんと過ごすことが多かったそうです。
「ゆきちゃん、なんでもきれいな方が目が喜ぶやろ、目が喜んだらあんたの心も喜ぶ」
炊くために鍋に入れてしまう大根やごぼうがトレーに綺麗に並べられていることを不思議に思った幼い石村さんに、郷土料理を教える事もあったというおばあさんはそう答えました。そのおばあさんの言葉や姿を当時の記憶を手繰り寄せながら、その微妙なニュアンスまでも再現される様子は、石村さんの中に今もおばあさんが生きている証。
「わたしのクセでね、よく木の実を大きい順番に並べるんです。それは、おばあちゃんが「なんでも順番」って言っていたことに由来していて。やっぱりその順番を入れ替えたら綺麗じゃないんですよね。「あんたが働くようになっても、上の人の言うことは良く聞くんやで、先にやった人は間違うてへん。先輩の言うことは間違うてへん」そう言うんですよね。おばあちゃんは明治生まれの人でした。昔の人の人生や生活の哲学は、今も通用しますよね。世の中変わっていくのに、人の歩みは変わっていない」
また、サービス精神旺盛な石村さんの性格は、学生時代に本格的に取り組み、実業団クラブに入ることも考えていたというソフトボールが影響していると言います。
「わたしね、ピッチャーで4番だったんです。ここぞという打席の時、監督やチームメイト、観客のみんなの期待を一身に背負ってホームランを打った時のこと。あの時の情景は今でもありありと思い浮かべることができます。わたし、今みんなをすごく喜ばせているんだ!って思いました。その経験は大きかったかもしれませんね。みんなを喜ばせるために、わたしが打ってみせる!という感覚が今でも残っているんです」
そう言いながら、脇が閉まった本格的な素振りを披露する石村さんは、とてもチャーミング。
小さな実をいつか大きな喜びに
つづいて、石村さんが暮らしの中で大切にされていること。暮らしの背景にあるものをお聞きしました。
「例えば、わたしの暮らしに植物は欠かすことができないもので、中でも実のなるものをたくさん植えているんです。実のなるものは花が楽しめて、5月なんかはもう夢のような世界。そして実がだんだんと成長していく過程も喜ばせてくれます。それが美しい実をつけた時には、それはそれはとても愛おしい気持ちになります。地面に落ちた実を拾う際に、たとえ蚊にさされようが汗だくになろうが(笑)ひとつひとつ大切に拾います。その時は大変なんですけどね、でも例えば、ヤマモモの実を砂糖漬けにしてスタッフに差し入れで持って行ったりするんです。そうすると、みんなすごく喜んでくれる。くるみの木が30周年を迎えた時には、30年前に漬けた果樹酒をみんなで楽しみました。そんなひと時がとてもうれしいんです。だから、わたしの暮らしはもちろん自分もそうですが、誰かを喜ばせたいというのが原動力なんです。いくらそれまでが大変でも、この後きっと嬉しいことが待っているから頑張ろうって思えるんです」
小さな実がいつか大きな喜びをもたらしてくれる。石村さんの暮らしとは、そんな小さな実を大切に育んでいく営みとも言えそうです。
「きっと嬉しいことって、夢なんです。暮らしの中のささいな楽しみだって夢。そして、わたしの夢は叶うことが決まっていることなんです。叶うかどうか分からないから夢ではなくて、叶うことを決めたから夢なんです」
石村さんの言葉には、暮らしの達人としてだけでなく、30年以上カフェやギャラリーのオーナーとして孤独と向き合いながら、いくつもの苦難を乗り越えてきた経営者としての力強さがありました。
ものと暮らす幸せ、ものを愛する幸せ
「もともとガラスはすごく好きなんです。あ、そうだ!」
急に椅子から立ち上がった石村さん。小走りで向かった奥の部屋から大事そうに抱えて持って来られた瓶の中に入っていたものは…
「これ、シーグラス!小さい頃から地元高松の海で拾っていて、私の宝物なんです。今改めて思い出しましたその時の気持ち。やっぱりガラスがすごく好き。原点はこれですね。あとね、籐も好き。わたし人を喜ばせることが好きだって言ったでしょう?小さい頃、この籐のバッグに衣装とマイクを隠して、人前で歌を披露していたんです。きっとそれも人を喜ばせたいという気持ちの原体験なんでしょうね」
幼い頃の気持ちを思い起こし、みるみる石村さんの表情が少女に戻っていきます。石村さんは「ものと暮らす幸せ」「ものを愛する幸せ」を大事にしたいと、ご自身の著書の中で言われています。それは、その「もの」に含まれた思い出と共に生きることなのだと思います。
そんな石村さんが、暮らしの日用品を選ぶ際の基準を教えていただきました。
「食事のシーンで使うものは、食べ物飲み物が入って邪魔をしないものを選びます。器に関しては、良いと思うものは、必ず食べ物が浮かびます。世間的に良いとされていても、用と美が両立してなければ、わたしは選びません。使ってみてどうなのか。例えば、洋服であれば洗ってみてどう風合いが変わるのか。そうやって、ものが持つ側面ひとつひとつを実感してから選ぶことがわたしにとっては重要なんです」
見た目にも楽しいサーバーコラムに、ひめりんご、レモングラス、ミント、月桂樹の葉、タイム、フェンネル、レモン、すだち、巨峰、ブルーベリーとたくさんのいろどり。「最後に残った具に、蜜をかけて食べたらすごく美味しいと思います。ヨーグルトと混ぜても良いですよね。そういう楽しい想像ができますね」
「いろいろな用途で使えますよね。収納にするのも楽しいし、もちろん食器としても」
「これすごく良いんですよね。取りやすいし、スッと口元に運べますよね。こうやって梅を載せてみたりするとかわいいですよね。ちょっと大勢が集まった時の、ひとくち料理なんかにも活躍してくれそうです」
インタビュー 小谷実知世
構成 / 文 / 写真 山根晋
2018年9月